0905ashiのブログ

毎回オリジナル写真を一枚掲載し、それにまつわる自分の思いやエピソードを書き記します。写真版絵日記のようなものです。

しゃっくりは、 呼吸法で止まる。

一枚の風信子5


正しくは、西野流呼吸法という。
見るからに手ごわそうな武術の有段者・7、8人が襲い掛かってくるのを、西野皓三先生が片手をかざすだけで、何10 mも先に吹き飛ばすように蹴散らしてしまう。まるで、漫画や特撮映画の世界。嘘みたいな気のパワーに圧倒されて、その気になりましたネ。
もっと気に入ったのが、「吸って、吐く」に身体の捻りをプラスするだけ、という基本動作。これなら簡単、いつもできると思った。詳しく言うと、「気のエネルギーを吸い上げて、体中の細胞に行き渡らせ活性化させる」ということらしいが、「吸って、吐く」のは変わらないよネ。
2本のビデオと2冊のガイドブックを頼りにして、それこそ見よう見まねで呼吸法らしきものを始めて10年余り。毎朝夕、時間は一回6、7分くらいかな。「継続は力なり」という言葉にすがって。


そのささやかな成果が、「しゃっくりを止められる」ようになったということ。
自分のだけではありません。カミさんのも。
座ったままの状態で、横隔膜の前あたりに両手のひらをサンドイッチのように合わせ、食卓を挟んで約1mの向こうにいる相手に気を送り込む。早ければ20秒、遅くても1分以内に相手のしゃっくりは止まります。キッチンで食器洗いしているその背に、気を送って治したこともある。
これって、西野流呼吸法・体験者91人目の証言に入れてもらえるのかな?


「西野流呼吸法の信者・90人の執筆無料?体験談」を一枚パチリ。






花嫁は、 夜汽車に乗ってきた。

一枚の風信子4



花嫁は 夜汽車にのって とついでゆくの


あの人の 写真を胸に 海辺の街へ
命かけて燃えた 恋が結ばれる
帰れない 何があっても 心に誓うの
小さなカバンにつめた 花嫁衣裳は
ふるさとの丘に 咲いていた 野菊の花束 ...


これは、昭和46年にレコーディング・発売された「はしだのりひことクライマックス」のヒット曲。
私のカミさんは、ちょうどこのころ、鹿児島から夜行列車で上京してきた。寝台特急に揺られ続けて約24時間。夢と希望にあふれているはずなのに、期待と不安が目まぐるしく交錯し、「もう帰れない」「まだ帰れる」の間をずっと揺れ動いていたと言う。
綾小路きみまろではないが、あれから40数年、半世紀近くの歳月が流れた。薩摩芋と無農薬野菜をたらふく食べて、小学6 年間を無遅刻・無欠席で通したあの健康優良児が、3年前に脳梗塞を患い、一ヶ月の入院を強いられることになった。幸いなことに、後遺症はほとんどないが、毎日の投薬とリハビリ代わりのウォーキングは欠かせないでいる。


八王子市外を遠望するハイキングコースにて、元気な姿を一枚パチリ。

美しくなければ、 山女魚じゃない。

一枚の風信子3



ヤマメ(学名:Oncorhynchus masou、山女魚、山女)は、サケ目サケ科に属する魚であるサクラマスのうち、降海せずに、一生を河川で過ごす河川残留型(陸封型)の個体のこと。北海道から九州までの川の上流などの冷水域に生息する。(Wikipediaより抜粋)
「水清きところに、美しい魚棲む」。山女魚とは、実にいい得て妙なネーミングだと思う。シルバーグレイの肌に、パーマークと呼ばれる小判模様の班点をまとったその肢体は、まさに魚のミスユニバース。神奈川県・奥湯河原で、初めて釣りあげた時、この世のものとは思えないほどの美しさに胸キュン。しばらくの間ボウ然として見惚れたまま、時の経つのを忘れたものだ。以来恋し焦がれて30有余年、一体いくつの渓流をさまよい歩いただろうか。尺上と呼ばれる30cmを超える山女魚も上げたこともあれば、まったく姿を見ることなく糸を切られた経験もある。竿おろしのその日に、大物に穂先を折られたこと。対岸に渡るときに足を滑らして、大きな淵を腰長靴を履いたまま遊泳したことも。高巻をして登りきった所で、蛇と鉢合わせになって驚いたこと。幽霊が出ると脅された渓での大漁の思い出などなど。すべては、恋する君に出逢うための一里塚に過ぎなかった。


そして、2013年9月6日午後3時、
運命の女神が、突然微笑んだ。
ついに、絶世の君にめぐり会えたのだ。
体長約27 cm、パーマーク付きのパーフェクトボディ。
その渓の荒瀬の岩横に、彼女はいた。
納竿寸前のきわどいタイミングだった。


感謝感激のベストショットを、一枚パチリ。